今日の迷言・余言・禁言

2020年は「運命」を“教える年”になるか⁉

ようやくというべきか、徐々にというべきか、“コロナの終息”が何となくだが窺われつつある。もちろん、まだまだ「終息」を宣言できるような状態にはないのだが、少なくとも“どんどん拡散していく”という状態からは脱しつつある。現在の状態から推測するに、大体年内のうちには“或る程度の終息”は見込めるのではないだろうか。もし、そういうようなことになったなら、今回の“世界的な騒動”はいくつかの点でとても貴重なのだ。まず、第一に、われわれの人生には「予測不可避なことが起こる」という事実。そして、それは“運命”を信じる人にも、“運命”を信じない人にも、平等に起こって来るという事実だ。世界のどこにいたとしても、安心・安全はない。さらに、いったん、それに巻き込まれると、個々の人達の「予定」とか「計画」とかいうものは、たちどころに覆されていく。人生上の“長期計画”というものは、決して計算通りには進まないものであるということだ。但し、ここからが重要なのだが、そういう「不可避な事態」に巻き込まれた時、人は今後もずっとこういう状態が続くのではないか、と不安になる。けれども、ほとんどの場合、それは“杞憂(きゆう)”に終わる。つまり、或る時を境として、急速に元に戻っていく。もちろん、すべてがそうなのではない。例えば、今回の騒動にしたって、実際にその病に伏し、亡くなられた人が大勢いる。その人たちにとっては、決して戻ってなどいない。永遠に止まったままなのだ。けれども「人間の運命」という“大きな枠”で捉えた時、一時的には「人類滅亡か」に思えたような災難であっても、ほぼほぼ丸一年経てば“正規の状態”に戻る状態がやってくる。個々の「人間の運命」にも、このような面が存在しているのだ。もちろん、その事柄によっては一年などでは終息できず、二年半程度かかる場合とか、十年間くらいかかる場合とか、最悪二十年くらいかかる場合もあるのだが、本来の姿に戻ろうとする機能は失われてはいない。人間の運命には“不条理な部分”が多い。もしかすると、何年か経って「マスクばかりで可笑しかったよね」と“笑える時”が来ているかもしれないのだ。


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