11月, 2019年

“バッシング”&“破局”が女優を大成させる⁉

2019-11-13

ZOZOの元社長・前澤友作氏と女優・剛力彩芽氏との“破局報道”が出た。一時的にアメリカに移住し、宇宙旅行に備えたいという前澤氏に対して、もう一度日本で“女優”という仕事に取り組んでみたいという剛力氏との間で“溝”が生れたのだ。おそらく前澤氏の方は「そのためにZOZOを手放したのだ」と自分にも、彼女にも、言い聞かせたかったのだろう。けれども、剛力氏の方は“ZOZOの件”については、何の相談もなかった。自分は“女優”を捨てて一緒について行こうと決めていたのに、事前に何の相談もなかった。そのことで「彼についていく」という気持ちに“揺らぎ”が生じていた。「夢見る少年」のまま大きくなった前澤氏は、一歩踏み外すと、大きく音を立てて崩れてゆく不安定さが常にあった。それでも、その「少年」の部分には“限りない可能性”も秘めていた。剛力氏は、世間を敵に回しても良いから、彼の“可能性”に賭けてみようと思っていた。世間は、容赦なく剛力氏をバッシングした。「金に眼がくらんだ女」でもあるかのようバッシングを続けた。特に「女優を辞めても良い」と言い出した時、周囲は本気で心配し始め、やがて本気で怒りだし、そして見限って離れていった。彼女にとって予期せぬ事態が生じた。信じた人が自分に黙って会社を手放したのだ。そういうことをしそうだな…という予感はあった。けれども実際に“人の手に渡る”と、彼を取り巻く周囲の対応がコロリと変わった。莫大な財産も所有しているが、莫大な借金も存在していたことを初めて知った。女性は“現実”に戻った。やはり女優は続けなければならない。自分は自分として、自立していなければならない。こうして剛力氏は、女優復帰を本気で決断したのだ。もう迷いはなかった。嫌いになったから別れるのではなかった。これとほぼ似たような現象を体験している女優がいる。高橋惠子という女優だ。彼女は、当時まだ10代で「関根恵子」という名で、大胆な演技で注目され、その将来を期待されていた。ところが彼女は、当時売り出し中だった作家と熱烈な恋をし、事務所に無断でアジアへと二人で雲隠れする。いくつもの仕事に穴をあけ、世間から大バッシングを浴びた。一時的には“行方不明”にもなって「女優生命は終わった」と誰もが思った。ところが、しばらく経って「大人の女」を演じられる女優として脚光を浴びるのだ。考えてみれば、“さまざまな運命”や“個性的な生き方”を表現しなければならない女優は、単なる演技よりも、自らの経験を土台にした演技の方がはるかにリアリティを生む。実際、前澤氏と交際する前の彼女には整ってはいるが“凡庸さ”が目立った。そうなると当然、与えられる役どころも決まってしまう。けれども世間からバッシングを浴び、破局をも経験した彼女の横顔には“翳り”が生れた。大女優としての階段に一歩足を踏み入れたのだ。

日本人3割が、今も喫煙している事実

2019-11-12

そういえば今もタバコは売られている。だから無くなったわけではなかった。けれども一般的な感覚として、何となく今の日本にはもうタバコを吸う人達はいなくなったかのような印象を受けていた。街でタバコを吸う人をほとんど見かけない。飲食店でも滅多に見掛けない。たまに“喫煙席”を設けている店に入った時に、そういえばまだタバコを吸う人がいたんだ…と思うくらいであった。けれども世界的な機関が調査した結果では、日本でも未だに“約3割の人達”がタバコを吸っているという事実が指摘されている。同じ調査では、インドネシアでは76%、ロシアでは58%、中国では48%が喫煙している。“たばこ産業”というのはまだまだすたれていなかったのだ。どうしてこの問題が論じられたのかというと、岡山市では医師たちの方から“受動喫煙ゼロを目指す”条例を定めるべきとの声が上がっていて、それに対して喫茶店などを経営する組合の方から「待った」が掛かったのだ。その時に彼らから持ち出されたデータが、現在における世界的な喫煙データなのだ。外国からお客様を呼び寄せる時に「受動喫煙ゼロ」は“逆効果だ”という指摘だ。なるほど、もっともだなと思った。それよりも、私が驚いたのは、日本人にも33%の喫煙率があったということの方である。ちなみに、私は若い頃、ヘビースモーカーだった。一日60本くらいを吸っていた。それが32歳の時、居酒屋で友人と飲んでいて「よし、今日からタバコを止めよう」と二人で“賭け”をした。守れなかった方が金を支払う。酒の席での軽い気持ちの約束だった。ただ、お金が惜しいのではなく、私は“意志の弱い男”になるのが嫌だった。だから、その日から、完全に私は一度もタバコを吸っていない。友人は3ヶ月ほどで元に戻った。おそらく日本人の約3割は、そういう形で現在でもタバコを吸っているケースが多いのだろう。私は正直15%くらいかと思っていたので、その喫煙率の高さに驚いた。同時にインドネシアなどはイスラム教の厳しい戒律がありながら、そういう点は意外なほどゆるいような印象を受けた。ちなみにインドネシアという国は書籍類が大変に安い。驚くほど安い。ガイドさんの説明によると、国が出版物に助成金を出すので安くできるらしい。私はこの国から貴重な手相の本を何冊も購入した。200名近くのインドネシア人の手相写真が載っていて、とても勉強になった。話を戻して、確かに“受動喫煙”は避けるに越したことはない。けれども、どこもかしこも“喫煙できない”というのも可哀想である。天井や壁やテーブルに“煙を吸引する装置”が備わっていれば、他の客に迷惑が掛からないような気がする。そういう装置は今の科学技術ですぐにでも開発できそうな気がする。多分それが双方にとって一番の解決策のような…。

39歳すべて失い、71歳“5大会五輪出場”の人生

2019-11-11

本当の人生はもろもろ全てを失ってから始まる。時折、そう感じさせるような人物がいる。大井利江氏などは、その典型と言える。71歳で五度目のパラリンピック出場の切符を手にしたのだ。しかも、この人、49歳までは本格的な陸上トレーニングなどしたことがなかった。元々はマグロの遠洋漁業の漁師だった。39歳の時にミッドウェー沖で20㌔もある漁具が背後から首に落下し頸椎を骨折。肩と腕以外の神経が損傷して“車いす生活”の身となった。自暴自棄がしばらく続いた。リハビリの水泳をしていた時にリハビリ仲間から“円盤投げ”を勧められた。49歳になっていた。試しにやってみると面白くなった。タイミングが合うと素晴らしい飛距離が出る。こうしていつの間にか国際大会にも出るようになり、アテネ五輪パラリンピックにも出場していた。しかも、そこでいきなり銀メダルを得たのだ。それから北京五輪にも出て銅メダルだった。次のロンドン五輪は出場を迷った。東日本大震災の後で満足に練習も出来なかったからだ。それでも出場して10位となった。実は、この時、もう引退しようと考えていた。規定が変わって、今後は“円盤投げ”での出場が難しくなったからだ。ところが2020年に「東京五輪」が開催されることが決まった。それならば何んとか東京五輪に出場したい。そこで、これまでの“円盤投げ”から“砲丸投げ”に種目を切り替えた。これなら出場できるかもしれない。そして見事リオ五輪にも出場することが出来た。そして昨日「東京五輪」出場の切符をかけた大会で、71歳ながら見事それを勝ち取ったのだ。5大会連続出場の記録が、他の選手でいるのかどうか、私は知らない。けれども、出場種目を変えても実力で“日本代表”に選ばれるということ自体が素晴らしい。もっとも常に付き添っている奥さんは、もう疲れた、といっているそうだ。実は、大井氏は子供の頃、プロ野球選手を目指していた。ところが父親が怪我をして働けなくなり、やむなく自分が高校を辞めて遠洋漁業の漁師になった、という経緯がある。彼の“5大会五輪出場”の栄誉は、もしかしたらプロ野球選手として輝かしい成功を収めたかもしれない“人生”の代わりに用意されていた。誰であっても、人生は思い通りになど行かない。理不尽な生活や状況の中で、それでも“一筋の光”を追い求めて生きる人たちに“運命の女神”は微笑みかけることを証明している。

何百万人より一人に「愛される人生」の選択

2019-11-10

かつてAKB48でアイドルだった川栄李奈氏が第一子を出産したことを報告した。同じ日、先月“第一子の妊娠”を公表していた元AKB48の主要メンバーだった篠田麻里子氏が公式の場に出席した。さらに同じような時期に人気の頂点にあったタレントのベッキー氏が妊娠していることを公表した。まるで言合せたかのように、それぞれが“妊娠の喜び”“母になることの幸せ”を表現したのだ。彼女たちには、いずれも熱狂的アイドルオタク層の支持者たちがいた。ただ「結婚」に関しては、必ずしも“祝福”ばかりされていたわけではなかった。その結果、一時期のような人気が今はない。けれども、三人共とても幸せそうである。私たちは多くの場合、勘違いをしやすい。何百万人もの人々から“熱狂的な支持”を受け、歓声を浴び、マスコミに追いかけられ、仕事に奔走する。確かに、それはそれで華やかで活き活きとした人生の一場面ではある。けれども、だからと言って、それが幸せだとは決めつけられない。操り人形のようにスケジュールに追われながら日々を過ごしても、どんなに多くの人々から愛されても、それで“心からの幸せ”を実感できる保証はない。むしろ、本当の意味でのプライベートとしての時間が持てず、心の中が削り取られていくような寂寞感を感じてしまう人もいる。どんなに多くの人達から愛されたとしても、それらの人達の「たったひとりの人」ではありえない。仮に「たったひとりの人」であったとしても、自分はその人を本当には知らないし、その人と“愛を分かち合いたい”わけでもない。愛されて、本当に幸せなのは、自分もその人を愛している時だ。だから、彼女たちは何百万人よりも、そのひとりの方を択んだ。そして、その“愛する人”の子供を産む。自分の“分身”としての子供を産む。それは女性にしかできない。女性だけの“幸せ”なのだ。こうして三人は“一人の愛”を捕まえに行った。彼女たちは、必ずしも“祝福された結婚”とは言えない部分があったかもしれないが、それは第三者の勝手な思い込みであって、自分自身で“選択した”人生に後悔はないのだ。世の中には何百万人からの愛情を受け続けたいばかりに「たったひとりの人」からの愛情を拒絶してしまう人もいる。けれども、その何百万人は、いつまでたっても“心からの幸せ”を与えてくれる人にはならない。そして、いずれ離れていく。別れの言葉もなく離れていく。“花嫁”としての喜び、“母親”としての喜びは、何百万人に背を向けなければ得られない。

「35歳」を境に“運命”が大きく変わる職業

2019-11-09

アンケートとか調査データには、時々首をひねるようなものがある。このほど公表された「未婚率と職業との関係性」を示すデータはさまざまな点で興味深いのだが、私がもっとも注目したのは、35歳を境として「結婚しやすい職業」から「結婚しにくい職業」へと、180度変わってしまう職業群のあることだった。それは女性の場合で、35歳まではもっとも早く結婚に結び付きやすい職業として医師、弁護士、検察官、記者、編集者が挙げられているのだが、35歳を過ぎると逆に“なかなか結婚しない職業”として弁護士、会計士、医師、記者が登場してくるのだ。考えてみれば、これらの分野はその仕事に就くまで相当な勉強が必要である。国家試験にパスしなければなれない職業が多い。したがって、社会に出るまで“恋愛はお預け”のような環境で育った人たちも多い。しかも、それらの仕事分野には男性が多い。したがって一気に“恋愛解禁モード”に突入しやすい。特に外貌に恵まれ、性格的に“女らしさ”を備えている人たちはそうなりやすいのだ。また逆に35歳を過ぎてしまうと、それらの分野では女性といえども“主要な立場”に立つケースが多くなる。したがって忙しくなり、収入面でも恵まれてくるケースが多い。そうするとなかなか“恋愛モード”は育まれない。男性に金と時間を使うくらいなら、“癒し”や“趣味”に使った方が良い、ということになる。こうして結婚からは遠ざかっていく。或る意味では当然の結果なのだ。特に外貌的には“普通”で、性格的に“女らしさ”を欠く場合はそうなりやすい。一方「生涯未婚」に辿り着きやすい女性の職業としては、デザイナー、写真家、美術家、音楽家などが挙げられている。これを見ると、生活が不規則に傾きやすい職業が多いような気がする。仕事が集中する時と、暇になる時と、生活を“一定のリズム”で繰り返すのが難しい職業は、結婚をあきらめるような状況に陥りやすいのかもしれない。或いは「結婚」という“枠”自体を窮屈に感じてしまう。考えてみれば、職場の中に適度な割合で男女がいて、或る程度決まった生活時間を維持できる職業分野が、無理なく男女交際が生じて結婚が成立しやすい環境と言えるのかもしれない。男性では介護職員、理美容師、調理人、飲食接客業などの分野での未婚率が高い。これらの分野は、男女の出逢いは多いはずなのだが、起業する人は別として雇われている場合の収入は高くない。それに休日を土日に取れない。そうすると、仕事以外での“出逢い”を求めにくくなる。また結婚した場合でも、土日に出掛けられない、仕事帰りが遅いなど“家庭人”としてマイナス条件が多い。このように見て来ると、個々の仕事に対する理解が「結婚」を大きく左右していることに気が付く。

惑星同士の“0度”“180度”が表わす「謎の縁」

2019-11-08

俳優の高倉健氏が亡くなって、もう5年の歳月がたった。その5年目の出版を意識したのかどうかは知らないが、高倉健氏の“養女”であった小田貴月氏が書き記した『高倉健、その愛。』が好調な滑り出しを示しているという。養女としての17年間を綴った…ということになっているが、実際に養女縁組としての書類が役所に提出されたのは亡くなる半年前である。なぜか判然としていないが死後2日後には火葬され、それを実の妹さんにも知らせていなかった。そんなところから遺族は、今回の出版を快く思っていない。遺族側に言わせると、著者・小田貴月氏は“養女”というより“家政婦”として雇われていたに過ぎない、という認識のようだ。亡くなる半年ほど前に“養女”となっていることが、さまざまな疑惑や想像を掻き立てる。そこで、お二人の生年月日に基づく四柱命式やホロスコープはどのような関係を示しているのか調べてみた。その結果、大変興味深いことがいくつも出てきた。まず、高倉健氏の四柱命式は月干に「梟神(偏印)」が表出し、月支蔵干に「食神」が表出している。「梟(きょう)神」というのは“フクロウの神様”である。フクロウというのは“我が児を食べる”ことで知られる。したがって「食神」と組み合わさると、子供によって財産を食い尽くされる。通常は“子供を得られない”のだが、無理に子供を得ると、その児によって生活が侵食されていくという形なのだ。ホロスコープでは彼女の金星が、高倉健氏の太陽に0度で重なっている。したがって彼女が高倉氏に対して愛情を抱き続けていたことは間違いがない。一方、彼女の太陽に対しては高倉氏の土星が0度で重なっている。或る種の“義務と責任”を彼女に託していたのであろう。また彼女の太陽にはもう一つ、高倉氏の冥王星も180度で対冲している。これは“転生”を意味する配置で、つまり男女関係だったのが親子関係に変わった、ということを意味するのかもしれない。産まれる前からの因縁が作用しやすい惑星としてドラゴンがあるが、彼女のドラゴンヘッドは彼の金星と180度、ドラゴンテールは金星と0度である。さらに、互いの火星同士は180度になっていて、木星同士は90度になっている。火星はsexに関係が深く、木星は経済力に関係が深い。こういったもろもろの関係が実際にどう働いていたかは分からない。ただ「縁」の無き所に惑星同士のアスペクトは創られない。0度とか、180度とかのアスペクトは、吉凶は別にして強い「縁」を持ったカップルでなければ出現しないのだ。そういう点では文字通り「神秘な糸」に手繰り寄せられるような形で成立した“親子”だったのかもしれない。

「才能」と「犯罪」を突き動かすもの

2019-11-07

最近、才能のある人が自ら犯罪を犯す、或いは犯罪に巻き込まれる、というケースが多い。人間はもともと弱いので、それが「犯罪」と認識していても、ちょっとぐらいは…という風な気持ちで巻き込まれてしまうケースも多い。昔「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉が流行ったが、実際、私は香港に初めて行った時、誰もが赤信号で横断歩道を渡っているのに驚いたことがある。その後、いろいろな国に行く機会があって、それは香港だけのことではなくて、比較的多くの国で“普通に行われている”ことだと知って困惑したものだ。けれども、そういう“ちょっとした気持ち”から徐々に“本格的犯罪”に向かっていくケースも少なくはない。田代まさしは何度逮捕されても懲りないらしい。一番最初は“盗撮”だった。二番目が“覗き”だった。もし、この程度で止めておくことが出来れば、今日のような状態にはならなかっただろう。俗に「仏の顔も三度」というが、二度くらいまでであれば後になって「昔はワルだったんだよ」と笑い話にすることも出来る。けれども三度目以上は“言い訳”は許されない。バンクーバー五輪に出場したスノーボードの国母和宏も“大麻の密輸”で逮捕された。気になって四柱命式やホロスコープを出して、優れた素質・才能を改めて感じた。本来であれば“優等生”でなければならない。実際、彼は才能そのものは現在でも認められている。プロスノーボーダーとしての素晴らしい実績もある。報道によると現在は米国居住であるらしい。そのせいで“大麻の密輸”を軽く考えてしまったのかもしれない。そうはいっても、郵便物の中に紛れ込ませるという手段を使っていて、明らかに“犯罪”であることを認識して行っていた。せっかくの才能も、社会のルールーからはみ出せば差し引かれてしまう。この人の場合には五輪の時にも“服装”とか“態度”とかでバッシングを受けた。決して、競技そのものではなかった。日本人はまだまだ保守的なので、そういう部分は重要なのだ。確かに、少し、そういう“形”にとらわれすぎる面が日本の弱点ではある。けれども、そこで生まれ育ち、暮らしていくからには、そのルールに従わなければならない。“規格外の人物”は、時々このルールの枠からはみ出そうとする。或いは、だから国母和宏は米国居住に変えたのか。日本という国は、もう少しだけ「枠」を緩めても良いかなと思うこともあるが、そうすると一気に“崩れ”る危険もあって、最近「枠」の難しさを感じる事件が多い。

自宅倉庫で出産・殺害した母親

2019-11-06

山口県警は5日、先月10月26日未明に自宅の倉庫で、出産したばかりの我が児の頭部を投打して殺害した容疑で会社役員の二家本佳代子(41歳)を逮捕した。26日の朝に一緒に暮らしている容疑者の父親が倉庫内で血まみれになっている娘と出産したばかりの男児を発見、すぐ119番通報して緊急入院となった。産まれたばかりの男児は1時間後に死亡、その母親である娘の方は5日になって体調回復して退院したところを逮捕に踏み切った。容疑者は出産した男児を殺したことを認めている。何んとも哀しいニュースだ。まだ、よく解からないことが多い。容疑者の父親が発見後すぐ119番通報しているところから、彼は娘が出産間際であることを知らなかったか、少なくとも何故、自宅の倉庫で出産したのかを知らなかった。つまりは事件に直接的な関係はないと思われる。容疑者は会社役員で社長らしい。したがって出産費用がなかったとか、堕胎費用がなかったとかいうたぐいの事件ではない。容疑者が結婚しているかどうかについては不明である。父親と同居し、父親が発見しているので、現状では未婚か、離婚後に出戻ったか、どちらかのような気がする。一部ネット情報には、容疑者にはすでに子供が居て、それも複数との情報もあるが、真偽のほどは解からない。ただ一般的に言えば、意図的に病院以外で出産する場合、出生児の父親が子供を認知しないケースが多い。父親であってはならない人物が父親である場合もある。母親は、その児を産みたくなかったのであろう。でなければ出産直後に自分の手で殺せない。余程、産みたくない気持ちが強かったのだ。それなのに堕胎をしなかったのは何故だろう。気付いた時には遅かったのか。いずれにしても、同居する父親にも知られず、独りで出産するのは勇気がいる。もし計画的であったとすれば、自宅倉庫内で一人で出産し、殺害し、どこかに埋めてしまえば、何も無かったことに出来る。同居していても、父親が妊娠に気付いていなかった場合には、その可能性が強い。容疑者は小さくても会社役員である。それなりの常識は身についている。単独での出産がどれだけ危険か、多少、甘く見ていた可能性もある。おそらく強引に出産したことで、出血が止まらなくなったのだ。それでも、最後の気力を振り絞って出産したばかりの子は叩きつけ殺害した。そして、その後気を失ったのだ。そうしなければならなかった“哀しい事情”が秘められているに違いない。

「カフェロボット」の傍に「占いロボット」⁉

2019-11-05

11月9日から3か月間、兵庫県西宮市の「エビスタ西宮」のフードホールに「カフェロボット」の店が期間限定でオープンする。店内は完全に無人でロボット店長が接客し、ドリップコーヒーやカフェラテなどの飲み物を入れてくれる。いや、ただ単に淹れてくれるだけではない。お客へのサービスとして話し掛けてくれたり、踊ってくれたりまでするのだ。さらに、お客の顔の表情とか反応を基にして、より適切な接客パターンを学習してくれるという。夢のようなロボット(本当かな⁉)なのだ。確かに落ち込んでいるときに、黙っていても好きな飲み物を淹れてくれて、優しく話しかけてくれて、おまけに楽しませようと踊ってまでくれるなんて、最高の店ではないか。しかも、こちらの反応によって、サービスの改善まで考えてくれるのだ。そんな店“人間カフェ”には期待できそうもない。ただ問題は、その外見である。どうも、これまでのロボットは外見がいただけない。もろに“ロボット”の格好をしているのだ。あれは止めていただきたい。もう少し、人間的というか、せめて“機械を感じさせない外見”で頼む。そうでないと、堕ち込んでいる時に傍で踊られたりすると、蹴っ飛ばしたくなるのが人間の習性なのだ。いや、学習していくのだから、その辺は大丈夫なのかもしれない。以前、パチンコ台で“大当たり”の時に、いきなり綾波レイが動き出して驚いたことがあるが、せめてああいう感じの配線が剥き出しになっていないもので頼む。そうすれば多少高くても、不愛想にコーヒーをテーブルに置かれるよりはずっといい。私が思うに、元々他人から干渉されるのを好まない人、一人でお茶やコーヒーを楽しみたい人、誰にも邪魔されず癒しのひとときを持ちたい人、そういう人達にとって「カフェロボット」は最高の場所かも知れないのだ。そして、ちょっと退屈になった時には、その傍にいる“もう一人のロボット”「占いロボット」に占ってもらうと良い。えっ、そんなロボットはない。確かに…今はない。あと十年くらいすれば、私の監修のもとに出来るかもしれない。誰か“波木星龍の占い”をロボットに詰め込んでくれないものだろうか。かえって堕ち込むからダメだって……そういうあなたは鋭い。

「年収」よりも「相性」と「タイミング」

2019-11-04

世の中にはいろいろな仕事がある。「恋愛婚活コンサルタント」という仕事があるらしい。いつから出来たのだろう。その看板を出している菊乃氏による「年収400万円は低いと断言する年収200万円女性の闇」という長いタイトルのコラムが大変に興味深かった。彼女のもとにやって来る“婚活女性”たちの問題点を指摘しているコラムだったが、確かに…と同調する部分も多くあった。特に年収200万の女性達が、年収1000万の男性を求めて婚活しがちであることに関しては、コンサルタントでなくても「難しいだろう」と予測できる。何しろ年収1000万円の男性自体が少ない。時々TVや雑誌に出て来るそういう男性がどこにでも“ごろごろいる”と思うこと自体が間違っている。仮に若くして1000万を得ていても独身とは限らないし、ましてや“婚活している”とは限らない。結婚はしていなくても、恋人はいるとか、女性に不自由していないというケースも多い。そうなると年収1000万で“婚活している”という男性がどのくらいの比率になるか、解かりそうなものである。高収入男性を望む女性の多くは「良い子」で育っていると彼女は言う。両親が望むような相手との結婚を望みがちだというのだ。現代の新婚カップルの多くは、結婚後も共働きを続ける。けれども、そういう女性達の多くは、母親が望むような「結婚して家庭に入り専業主婦となる」そういう結婚を理想としているらしい。つまり、母親時代の“理想的な結婚”を娘の自分も引き継いで考えがちだというのだ。その結果、結婚が遅れて、やがては両親の“介護要員”として独身のまま過ごすようなことになりがちであるという。中々手厳しい指摘だが、確かにそういう要素はある。現代の独身男性達の平均年収が400万円である以上、その平均的な相手を求めた方が結婚には結び付きやすい。ただ「婚活」という形での出逢いの場合、或る程度は相手の“全体像”は最初から分かっているのだから、重要なのは一緒に生活していく上での“価値観”とか“趣味嗜好”とか“生活形態”なのだ。これらを総合したものが俗にいう「相性」である。この相性というのは、一瞬にして解かることもあるが、実際に生活してみないと解からない部分もある。そこで登場するのが「占いでの相性」ということになる。ところが、この「相性占い」にはいい加減なものが多い。だから、変な言い方だが“一般的な相性占い”は奨められない。それと、もう一つ大事なのが「婚機」としてのタイミングなのだ。これは決して「婚期」ではなくて「婚機」なのだ。だから、何歳でもあまり関係がない。「婚機」としてのタイミングが良ければ、必ず上手くいくし、それを外してしまうと「結婚」という形になりにくい。慎重すぎる人は、このタイミングを逃しているケースが多い。

「正夢」は、こういう形で実現する

2019-11-03

「正夢」とは、文字通り、夢に見た通りのことが“現実”になることである。昨日、カンニング竹山氏が放送の中で「正夢」体験を語った。それは「カンニング」という芸名の由来についてだった。この芸名は2006年12月に急性リンパ性白血病で亡くなった相方・中島忠幸(享年35)氏が観た「夢」を基にして使い始めたという。中島氏が夢の中で「次はカンニングです」と呼ばれて舞台に出ていくと観客から歓声を浴びていた、というのだ。それで「じゃあ、その名前を…」ということでコンビ名を「カンニング」に決めたというのだ。相方が亡くなっても「カンニング」を使い続けた最大の理由だった。ところが、ここで重要なのは、その名前になってすぐ彼らは“売れた”わけではない。その後十年経ってから突如売れ出したのだ。そうして忙しくなって、あちこち呼ばれ、舞台に立って歓声が上がった時「これだ、夢で見たの」と中島氏は言ったという。そうなのだ。「正夢」というのは、実現するけれども“すぐ実現する”とは限らない。彼らの場合には十年もかかった。けれども実現はした。私は娘が生れる時に同じような経験をした。結婚後2年経っても、子供が産まれる感じが何故かしなかった。ダメかもしれない、何となくそういう気持ちになっていた。そんな或る日、私は夢を見た。明るく活発な印象の女の子が、勢いよく私の方目掛け走って飛び込んで来たのだ。おかっぱ頭でチェックの洋服を着ていた。4~5歳くらいの印象を受けた。目覚めた後、私は漠然と「女の子が生れるのかもしれない」と思った。それから40日ほど経って、妻が妊娠したことを知った。そして生まれたのは女の子だった。しかも、私たちにはあまり似ず“明るく活発”に成長した。ただ印象的だったチャックの洋服は着せたことがなかった。正直に書けば、その初婚の時の妻とはやがて別れた。そうして、娘との交流も途絶えた。私は再婚し、十年以上が経った。或る日、義母がやって来て、私にこんな話をした。「母さん(義母の母親)がね、夢を見たって言うの。私の部屋に行ったら、鍵が掛かっていて、おかしいなと思って鍵を開けたら、部屋の中に何にもないの。そして部屋の真ん中に立派な遺骨箱がぽつんと置かれてあるの。他には何にもないんだって……先生(私のこと)は、この夢をどう解釈する?」実は、義母はその時、病院から退院をしてきて間もなかった。私は言葉に詰まった。「母さんは私が死ぬんじゃないかって…」「夢は、その通りに出てくるとは限らないんですよ。お祖母ちゃんは多分、自分が亡くなったら、お義母さんが立派な遺骨箱で葬ってくれる、ということを予知した夢を見たんです」私は、そう言いつくろうのがやっとだった。「そうかね」義母は少し安心したようだった。それから8カ月ほど経って、義母は亡くなった。義母の遺骨箱は立派だったが、一度も、その部屋に置いたことはなかった。

ススキノで「夜のマラソン」が行われると聴いた

2019-11-02

どこかの酔っぱらいが「ススキノでさ夜のマラソンやるって聞いたぞ」と言ったかどうかは知らない。だが、何となくIOCのバッハ会長周辺の人物が囁きそうな言葉ではある。そしてススキノの女性達も「暑さ対策は任しといて…」と、これも言ったかどうかは知らない。だが、何となく言いそうな雰囲気はある。とにかく、すったもんだのあげく、マラソン・競歩の札幌開催が決まった。東京だけが日本の都市ではない。人気競技を札幌に呼ぶことで、これまで「冬の札幌」しかアピール出来なかった観光都市が「夏の札幌」もアピールできる。長期的な“観光国家戦略”から考えると、経済的効果も含めて大変に望ましい。今のオリンピックに“純粋なスポーツ”など期待する方が間違っている。もう20年以上も前から「オリンピック」は“商業の場”と化した。あらゆる“商売網”が張り巡らされている。実際、その競技に参加する選手たちだって、さまざまなスポンサーからの支援を受けて生活している。そのこと自体、“純粋なスポーツ”という言い方が正しくない証拠なのだ。もし本来の「参加することに意義がある」という言葉が正しいのなら、どうして毎回毎回メダル数を増やしていくのか。もはやオリンピックでメダルを得るのは何千人もの人数となり、その輝きは色褪せている。そうであれば、開き直って“商業の場”“エンターテイメントの場”としての活用を考えれば良い。これまでの「北海道マラソン」では沿道が観客席となったが、オリンピックでは沿道に簡易の観客席を作って有料にすればよい。そうした方が街中に支障が起きない。そうでないとあまりの観光客でごった返し交通面での支障が生じるだろう。前にも書いたように、北海道(苫小牧)にIR(カジノ)を呼び寄せ、北広島市に日ハムのボールパーク(テーマパーク型の野球場)を建設し、札幌に夏季・冬季のオリンピックを呼ぶ。そうすると、苫小牧→登別・洞爺・支笏湖・定山渓・ニセコ温泉郷→北広島→札幌に及ぶ北海道の“中核エリア”が新たな広域観光地として生まれ変わるのだ。観光地としての北海道は中国や韓国の人々に大変評判が良い。但し、料金的にやや高いのと交通の便があまり良くないのと観光ガイドが少ないという評価もある。交通の便に関してはJR北海道の車両整備などにも大いに問題がある。赤字企業ということで、その車両や鉄道が今一つ快適ではない。車両が古く、揺れが激しく、すぐに運休し、時刻通りに走れない。観光地のホテルも、古くなった客室をそのまま使っているところも多い。特に温泉街はそうである。世界的にホテルが高級化されている今日、課題山積の観光地なのだ。

「死ね」と「恫喝」の“難しい問題”

2019-11-01

マスターズGCレディース会場内で大会関係者に対し「死ね」など暴言を吐いた女子プロゴルファーが誰なのか、これまで名前は明かされていなかったが、笠りつ子プロが自ら名乗り出て“謝罪文”を掲載した。関係各位に対して謝罪し、自ら当分の間ツアーへの出場を自粛する旨を宣言した。ことの経緯は、クラブハウス内の風呂場にタオルを設置していなかったことにある。どうして設置していなかったかというと、最近、頻繁にタオルが盗まれてしまうためだ。その対策として各自でタオルを持ち寄るよう選手たちにも通達したという。何となく“世知辛いこと”が発端になっているのだ。女子プロの数は多い。毎回、何十枚も無くなるのではクラブハウス側も対策を講じないわけにはゆかなかったのだろう。それにしても一応は華やかな(?)プロ選手が“タオルをくすねる”というのは情けない。多分、笠りつ子選手も、それは知っていたに違いない。けれども、風呂場にもっていかなかった。もしかしたら、一応、そういうことになったけど持っていなければ“貸し出してくれる”と簡単に考えていたのではないか。ところが対応した副支配人は、決まったことですから…と突っぱねたのだ。一人だけ特別扱いは出来ない。その態度に笠選手はキレた。そこで飛び出したのが「頭、硬いな」「死ね」という暴言だった。もちろん、これは笠選手が悪い。悪いのだが、まあ、怒りたくなる気持ちも何となく分かる。それでも活動自粛へと追い込まれた。似たようなケースで炎上したのがユッキーナこと木下優樹菜氏の「恫喝メール問題」だ。こちらの方は実姉が勤務していたタピオカ店の店長に対して「筋道くらい通しなよ」「これからの出方しだいで、こっちも事務所総出でやりますよ」って、何の事務所だか解からないようなメールを送り付けていたことが判明しネット上で大炎上。何しろ、他を巻き込んで恫喝したのが一番いけない。それに、言葉の使い方が良くない。若い頃は「ヤンキー」だったかもしれないが、今は「ママタレ」という職業で人気を得ていたのだ。最近は、ちょっとしたことから人気が沸騰し、ちょっとしたことから人気が凋落する。人気稼業に身を置くということは、第三者からの批判に“甘んじなければならない部分”が沢山あるのだ。もし、それが嫌なら人気稼業になど就かない方が良い。人気稼業というのは、文字通り「人の気持」で左右される職業なのだ。、

Copyright© 2015 NAMIKISEIRYU All Rights Reserved.