今日の迷言・余言・禁言

人は「運命」によって変貌していく

普段、われわれは「運命」という言葉をあまり使わない。けれども「東日本大震災」のような“予期せぬ出来事”が起こると、特に身近で起こると、途端に「運命」という言葉を思い出す。私は20代半ばで母親を“不慮の事故”で喪った。熱湯となった浴槽に落ちて全身やけどを負って間もなく死亡したのだ。その少し前になるが“もらい火”という形で自宅を全焼している。つまり、東日本大震災で肉親や自宅を失った人たちと同じような体験を20代の時に持っている。予期せぬ“災難”は、その人の人生を変える。奇妙なことに、母親を喪ったことで、私は“プロ占い師”の看板を掲げたのだ。まるで追い立てられるように“プロ占い師”となった。もし、あの時、母親がああいう形で亡くならなければ、少なくとも20代半ばからプロとして“占い師”を始めることにはならなかった。母親を喪ってすぐに、私は不吉な家を引っ越した。あの家が“怖く”なったのだ。最初から気の進まない家で、私は母親に「引っ越そうよ」といつも言っていた。「お前は神経質だねえ」母親は、いつも笑っていた。父親の時もそうだったが、当たってほしくない予感はいつも的中する。人は“予期せぬ出来事”や“人間の力ではどうしようもない災難”を体験することで「運命」というものを改めて感じるのだ。そして、それが転機となって、思わぬ方向へと“人生の舵”が切られていく。私の場合は“プロ占い師”の看板を掲げてすぐに一人の熱心な支持者を得た。それは、私の母親と文字は違うが“同姓同名”の女性であった。正直、不気味だったが、当時の私にとっては気前の良い貴重な上客だった。その女性は、よく「先生は札幌へ行ってオフィスを構えると良いのに…」と言っていた。まるで今日を予見したかのような物言いだった。ただ当時の私は札幌に出ようとするほどの野心はなかった。室蘭の片隅で細々と占っているだけで精いっぱいだった。私が占いに関心を抱いたのは、幼い頃から、どうして自分はこんな“みすぼらしい家”に生れて来たのだろうと不思議だったからだ。そして占いは、その疑問を解決してくれるのではないかと思ったからだ。けれども、その疑問は今もって解決されていない。ただ、そういう幼い頃の環境が、或いは生い立ちが“天性の理解力”や“天性の観察力”を授けたのだと思っている。それらがなければ、仮に占い師になっていたとしても「占いの世界」に対し何の発見も進歩ももたらすことなく終わっていただろう。


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