今日の迷言・余言・禁言

「もう一つの学校」が必要な時代

中学校などの教育現場で今、深刻な状態を引き起こしているのが「隠れ不登校」の問題だ。病気とかイジメとか精神的な問題から「不登校」が生じてしまうことはしばしば耳にする。学校側が定義する「不登校児」というのは年間30日以上、不登校になる児童らしい。その程度で「不登校児」扱いされるのを初めて知った。私など年間50日くらいは休んでいた記憶があるからだ。もっとも、私の休みは単純に“行きたくなかった”からで、特に「体育」が嫌いだった私は、その授業がある時には休むことが多かった。大人になって会社勤めになってからも、私はしばしば会社を休んだ。「有休」を使って休み、それが無くなってしまうと「欠勤」扱いで休んだ。有休なら給料は変わらないが、欠勤になると給料が減る。それでも私は前日に飲みに行って、朝起きるのが遅くなった時や二日酔いの時などは休んだ。翌日「二日酔いで休みました」と正直に記すと、課長がやって来て「なんか別の理由を付けてくれ」と頼んできたものだ。何んと素晴らしい企業、そして上司だったことか。そういう“変てこりんな生き方”をしながら会社勤めをしていた私は、やがて“自由の身”となった。そういう風に「組織」というものが根本的に合わない人はいる。だから、私には「不登校児」たちの気持が解からないではない。ただ「隠れ不登校児」という存在は、理解しにくいし、支持は出来ない。つまり、学校には行くが、授業には参加しないような児童が急速に増えてきているらしい。しかも、その理由がますますわからない。「授業が解からない」「良い成績が取れない」「テストを受けたくない」これらから学校へと行っても“授業を受けたがらない”というのだが、それは単純に「勉強が嫌だ」と言っているのと同じようなもので、“組織”という枠が根本的に苦手な児童とは明らかに異なる。私は以前から“組織”が合わない児童には「もう一つの学校」が必要なのではないか、と思っている。少なくとも、そういうものが必要な時代に入っているような気がする。あまり規制をかけないタイプの学校があれば、そういうものであれば通うような気がするのだ。一律に教えるのではなく、個々に見合った教え方であれば、教科を選択できる学校であれば、通える児童はたくさん出て来るような気がするのだ。昔は“出社”というものが必要だったが、これからの時代は“出社”は必ずしも必要ではない。そういう企業には、正規の学校に通わなかった“はみだし児童”たちが自宅で仕事をしている姿が妙にお似合いで…。


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